TOP長大総診の取り組み
コミュニティのフィールドにおける予防医学リサーチを行っています。長崎県五島市において、離島という特殊性を持った、5000人程度の地域在住の成人を対象とした前向きコホート研究であるNagasaki Islands study(NaIS)を行っています。この研究は、住民基本健康診査の結果と付加的検査(動脈硬化検査、骨密度検査、リウマチ検査、歯科検査などや遺伝子解析)の結果、そして健康に関する調査結果をもとに、一般的な生活習慣病はもちろん、サルコペニア、フレイルなど生活習慣が影響を与えると考えられる疾患に関わる危険因子や遺伝子等を解析し、疾病予防や診断、治療に役立てることを目的に行っています。
また、高血圧症や糖尿病などの一つ一つの病気と比べて、多疾患併存という複数の健康問題がある患者さんのリスク要因や適した治療方法、というテーマでの研究に取り組んでいます。さらに、一般的にテーマとして扱われることがないケースにも切り込みたいと考えています。コモンディジーズ(よくある病気)でもレアディジーズ(希少な病気)でも、スポットが当たらない部分にきちんと目を向けていくことに努めています。
さらに、日々の臨床の中から見つけ出した研究課題をもとに、新しい治療法、診断法、医療介入の評価などを行う臨床研究を実践しています。
新たに開発された、磁気センサ型指タッピング装置を用いて、高齢者におけるサルコペニア・フレイルの診断治療における有用性を検証する研究を行っています。
また、プライマリ・ケア関連疾患と希少疾患に関する臨床研究や、プライマリ・ケアにおけるうつ・不安の質的研究、多疾患併存に関する調査研究、不眠症やHIVに対する認知行動療法に関する研究も行っています。
細胞や分子、遺伝子が疾患にどのような変化を起こしているかに着目した基礎研究も行っています。
特に、サルコペニアの病態機序に関する研究を進めています。ミトコンドリア品質管理機構の1つであるマイトファジーの関連遺伝子に着目し、骨格筋の老化に対するミトコンドリア品質管理機構の関係性について、遺伝子改変マウスを用いた研究を行っています。
また、長崎大学の総合診療科は希少な細胞株である樹状細胞株(CAL-1)の供給元ともなっています。2000年頃に造血器腫瘍の患者さんからCAL-1を樹立し、総合診療科から世界中の大学や研究所、そして企業に提供しています。意外かもしれませんが、医療免疫学分野における最先端の基礎研究や創薬にも大きく貢献しています。
Practice-based Research Networkというのは、プライマリケア領域の臨床医とアカデミアがチームを組んで臨床疑問に対する課題発掘、エビデンスの創出を行う枠組みです。2023年度から長崎におけるPBRNのチームを結成し、プライマリケア研究の取り組みを開始しています。今後、全国のPBRNや国際PBRN(WONCAのGlobal PBRN Initiative)と共同して研究ネットワークを構築していく予定です。
一緒に研究してみたいという臨床の先生・施設は、下記までお問い合わせください。
長崎県の離島では、地域中核病院が中心となって様々な医療機関が連携し、2次保健医療圏毎に地域完結を目指した医療が展開されています。この結果、プライマリ・ケアから専門医療に至るまで多彩な医療が機能しており、さらに遠隔医療や救急ヘリ搬送など医療圏を越えた組織的な医療支援体制が整備されています。また、医療だけではなく、保健や福祉においても、島毎に地域の事情に合わせた工夫が凝らされており、それに加えて過疎化や医師不足、へき地医療など、種々の社会問題が身近に存在しています。医学教育や臨床研修の観点からすると、こうしたフィールドは願ってもない教育資源となります。コミュニティが比較的小さいこともかえって好都合で、医療・保健・福祉・介護がコンパクトにまとまっていて連携の全体像が見渡しやすく、効率的な教育・研修効果が期待されます。
2004年5月、長崎大学は五島市に離島医療研究所を設置し、教員2名を常駐させ長崎県内離島でさまざまな取り組みを行ってきました。五島市の三井楽診療所は福江島の北西部に位置する人口2,300人程度の三井楽町にあるへき地診療所で、主に三井楽町とその周辺の住民に対する医療を担っています。三井楽町には、髙浜海水浴場や白良ヶ浜海水浴場など大変美しい砂浜と豊かな自然に恵まれており、歴史的にも空海と遣唐使ゆかりの地として有名です。この福江島から西に渡海船で20分程度の距離に嵯峨島があり、100人程度の住民が暮らしていますが、この嵯峨島には看護師だけが常駐している嵯峨島出張診療所があり、三井楽診療所の所長がこの嵯峨島出張診療所毎週出向いて出張診療を行っています。出張診療はへき地の医療を支える診療形態として全国で展開されているため、医療が届きにくい地域での医療を学ぶ格好の研修フィールドです。
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の採択事業
離島では人口減少と高齢化が急速に進行し、地域のコミュニティ機能が低下していく中、これまでの医療を維持していく一方で、遠隔医療やドローン物流など新たなテクノロジーを導入することで効率的な医療提供体制の構築を目指した取り組みが進んでいます。広域的な地域ヘルスケア全般を見据えながら、利便性と安全性のバランスを追求した進化が求められています。
我々は、五島市において、モバイルクリニック(医療MaaS)を使ったオンライン診療とドローン物流を組み合わせて遠隔医療の実装と未来型のへき地医療支援にチャレンジしてきました。離島・へき地での素朴な家庭に近い医療と最先端のテクノロジーが融合した地域医療の実践モデルの構築は、地域住民の生活を支える大きな役割を果たしています。先進的なICTテクノロジーを駆使した遠隔医療は、医療資源が限られた離島において、医療の格差を解消し、健康増進と地域社会の維持に寄与しています。
長崎大学では、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の採択事業「『住み続けたい』を支える離島・へき地医療サポートモデルの構築」において、日本IBM 株式会社の遠隔診療サービスアプリをインストールしたタブレット端末(iPad)を使い、看護師のみが常駐する二次離島の出張診療所と常勤医師のいるへき地診療所との間で、2020 年9 月からオンライン診療(Doctor to Patient with Nurse; D to P with N)の支援を始めました。高齢者のICTリテラシーに配慮して、出張診療所をオンライン診療の場として捉え、受診した患者に看護師がサポートする形でオンライン診療を実施しました。操作の簡略化を追求して、誰でも簡便にテレビ電話機能を使えるようにしたことで現場に受け入れられ、船の欠航などで医師が訪問できない時や医師不在時の急患の診療等で活用されています。
さらに、このオンライン診療に、調剤薬局の薬剤師によるオンライン服薬指導(Pharmacist to Patient with Nurse)を組み合わせることで、診療から処方・調剤に至る業務が円滑化され、通常の診療により近い遠隔医療を提供することが実証できました。そして、五島市やANA ホールディングス株式会社と共同で、オンライン診療・オンライン服薬指導にドローンによる医薬品搬送を組み合わせて、一連の外来診療を完全に遠隔セッティングで行う実証試験を行いました。この遠隔医療支援システムは、同様の問題を抱える長崎県内の離島2か所に横展開しています。
2022年に豊田通商株式会社とそらいいな株式会社が五島市にドローンの発着拠点を建設
し、既にドローンによる医薬品搬送の商業利用を開始しています。こうした先進事業と連携することで、離島・へき地医療の在り方が、近い将来大きく様変わりするかもしれません。
また、デジタル田園都市国家構想における取り組みの一つとして、遠隔医療支援システムや医療機器を搭載したマルチタスク車両(医療MaaS; Mobility as a Service)を導入し、デジタル巡回診療車(モバイルクリニック)として2023年1月から五島市内で運用を開始しました(図-2)。出張診療所だけでなく、医療アクセスの難しい小集落等への巡回診療とオンライン診療・オンライン服薬指導が可能となりますので、離島・へき地の医療提供に貢献することが期待されています。五島市の西の端に位置する玉之浦町を中心に、主に移動が困難な高齢患者さんを対象に定期稼動しており、患者さんからの評判も上々です。
医療へのアクセスが困難な地域は全国にありますので、類似の地域に医療を届ける手段のモデル的な事業となる可能性があると考えます。